日記・コラム・つぶやき

一年が過ぎて

自分のブログのバックナンバーを見て、2008年1月から始まっている。忘れていたが一年が過ぎていた。其の間、自転車のこと、怪我のこと、色々と書いてきた。

中国からniftyのブログへはアクセスが遅く、写真のアップなどいらいらしてしまう。
そんなこんなで途中から中国のサーバーを使ったブログを開設し、そちらへの投稿が多くなってしまった。

両方をこれからも続けていけるだろうか。

気長にのんびり、中国生活の報告をしてゆきたいと思う。

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杭州から日本へ

1月19日、中国の旧正月(今年は1月26日)休みに合わせて日本へ一時帰国で戻ってきた。GPSで帰国ルートを記録したので見て欲しい。Hangzhou_to_japan

香港からのルートと違いほぼ直線的に杭州から成田へ飛んでいる。フライト時間はおよそ2時間40分。搭乗してから降りるまでが3時間強だった。

機内はかなり空いていて、後ろのほうはガラガラ。私は右の窓側だったので、富士山をゆっくり眺めることは出来なかったが、天気も好く。富士の遠景がきれいだった。

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富陽にて

中国生活も2002年から6年を過ごした長安の町を離れ、富陽に移って10日になろうとしている。冬の富陽は名前とは異なって霧や小雨の多い寒い街だ。

会社の近くにアパートを借りて住むことになったが、町の中心から離れていることもあり、近くには小さなレストランしかなく、食事も今ひとつだ。自炊をするように炊飯器やなべを買ってみたが、近くのスーパーでは野菜を売っていない。数軒離れた小さな雑貨屋に並べられた野菜を買う。キャベツやほうれん草、しし唐辛子、にんじん、にんにく、しょうが、長ネギ、たまねぎなどを買ってみる。合わせて9元だった。

野菜炒め、チャーハンなどを作ってみた。昼の弁当も作ってみた。自分で作ったものはやはり好い。

近くのレストランで牛肉面や鉄板焼き豆腐などを食べてみたが、調味料の使いすぎのように思う。何かしっくり来ない。

少し大変だが、時間を見て自炊することにする。

天気が悪く、寒いこともあって、自転車には通勤で1kmくらいを乗ってみるだけ。今度の日曜日は天気しだいだが、街まで出かけてみよう。川沿いの道を走ってみたい。

寒さのため、写真を撮ったりするのは少ないだろう。走りながらの撮影はただでさえ寒さで手が不自由なので無理だ。暖かい春が来るのを待つことにしよう。

長安では日曜日に恒例の写真撮影をするそうだ。思えば一年前に参加したことがついこの間のようだ。皆の懐かしい顔が思い出される。

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杭州富陽

仕事で杭州富陽(ハンゾウ・フーヤン)へ行ってきた。富陽は田舎ではあるがKFCも有るし、ホテルの数も多く、泊まったのはMOTEL168と言うチェーン店である。しかし、国際クレジットカードは使えなかった。

仕事先の工場の設備工事(電気工事)の関係で半日時間が空いてしまったので、先方の計らいで「西湖(シーフー)」へ行ってきた。

車で30分位だろうか。

有名な湖であるが、あまり大きくは無い。杭州の町から少しはなれた山の中にある。有名なだけに観光地化されており、レンタサイクルもあり、杭州のリゾート地として開発されつつ(制限されているらしいが)有るようだ。

湖畔に立つ雷峰塔は非常に古いものだったらしい。残念なことに戦火や火事で焼け、1929年には突然崩れてしまったそうだ。2000年台になって、復興することが決まり、崩れ落ちた後を発掘して多くの遺跡が発見されたそうだ。

今ある塔は再建されたもので内部にはエレベータもあり非常に近代的な且つ外観は古来の趣を持ったものになっている。

時間の都合で西湖めぐりや観光船に乗ることは出来なかったが、ぜひ時間を作って行ってみたいところでもある。杭州の町も古い町並みを残しているらしい。こちらも周ってみたいと思った。

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皆既日食

今日、8月1日カナダから中国にかけて皆既日食が見られる。

中国では、新彊などの北西部でしか見られず、私の居る東莞市では日没になってしまい、部分食でさえ見られそうも無い。残念。

ココログへの投稿は写真の投稿に時間がかかり、使いにくく、中国のサイトにもブログを作ってしまってから、そちらへの投稿がメインになってしまった。

   http://blog.163.com/yamayama_54/

中国に居ては中国のサイトへのアクセスが圧倒的に早い。日本へのアクセスは時間がかかりすぎる。近くて遠い国とはこんなところにも影響しているのだろう。

これからも両方への投稿を続けて行きたいと思うが、中国側がメインになるのは止むを得ないか。

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Google Earth

昨日(7/16)GoogleEarthで先週日曜日に行った梧桐山を見つけることが出来た。早速、JPGで保存したので、写真に追加した。中国のGoogle衛星写真は古いものが多く、道が無いこともしばしばなのだが、この梧桐山では比較的新しい写真らしく、先週見て周った殆どの施設を確認することが出来た。

Photo このようにして、自転車で行った先の情報を確認できるのもIT社会の発達のおかげだ。GPSと連動して行動軌跡も表せるようになると面白いのだが、なかなかよい(安い)GPS機器が見つからない。

自転車を新調したら次はGPSかもしれない。

この写真で、右上の部分が梧桐山の頂上に当たる。右中央部分は駐車場。日曜日はここに着いたときに大雨で雷も鳴り、大変だった。中央部少し左は展望台とバス停。左下は小梧桐で電波塔がある。日曜日は雲がかかって何も見えなかった。

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台風

昨日から今日にかけて広東省の東を通り抜けた台風の影響で今朝から雨が降り続き、昼休みには工場の敷地は水浸しになってしまいました。

Sn3e0013 Sn3e0008 昼食を食べに行くには、靴を脱ぎ、ズボンをたくし上げて行かねばなりません。

今年は既に3回目です。

下水があふれた水なので、水で洗うだけでは気持ちが悪く、石鹸で洗い流さねばなりません。非衛生的この上ない。

夕方になっても雨は降り続いており、水は一向に引く気配を見せません。台風は既に東へ行きすぎているのですが、前線でも伴った低気圧になってしまったのでしょうか。

P1090278 夕食を食べに行くにも結局サンダルにズボンたくし上げのスタイルです。食堂に入って足を洗い、事務所に戻ってはまた足を洗い。何度洗わなくてはならないのか?

運の悪いことに長年愛用した大きな傘も壊れてしまい、小さな折りたたみ傘では肩まで濡れてしまいます。

ローカルのテレビでは長安の街の中も主要道路が冠水しており、交通に支障をきたしているようです。こんな日は出かけることはせず、ただ部屋にこもって音楽でも聴いていましょう。

P1090279 夜になっても水は引く気配を見せず、相変わらず10cm以上の深さを保っています。

明日の朝はどんな状態でしょうか。

P1090281 P1090282 P1090283 翌朝は既に雨は小雨となり、水は引いていました。しかし、置き土産のごみがいたるところに散らかっています。特に、事務所棟の前の植え込みの中は写真のようにごみだらけ。普段は隠れているごみが、水の力で表に流されてきたのでしょう。水に流すと言えばきれいになることだと思いましたが、流れさた先はこのような状態になってしまうのですね。

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膀胱鏡検査

3月の怪我で入院・退院してから2ヶ月がたち、予定していた膀胱鏡検査をしました。
検査はほんの数分で終わり、医者の言葉は、「正常です、問題ありません。」とありがたいものでした。

退院後、2ヶ月間の禁酒の苦労も報われるうれしい言葉でした。

検査をする病院は私の住む地域から車で一時間程度かかります。4時半の予約でしたので、余裕を見て、3時に出発。予定通り、4時に到着し、保険サポートのWellBe担当者に電話します。(日本語で好いので、楽ですね。)入院病棟の4階、VIP待合室で待つように言われ、待つこと暫し、担当の候さんが見えて先生に取り次いでくれます。

先生が来て、診察室へ、問診で今までの経過に異常が無いことを伝えます。先生は器具の確認をして・・・・・、なにやら問題のようです。
聞き取れた中国語では、消毒が済んでいない。これからするには30分程度時間がかかる。・・・・

検査時間は5分程度とのことですが、消毒が終わるまで待つことになりました。
再びVIP待合室で待ちます。こんなことのために数独の本を持っていって時間つぶし。中国では時間をもてあますのはありふれたことです。

で、再び呼ばれて、着いて行くと手術室へ。緑色の割烹着のような手術着をつけるように指示され、スリッパに履き替えて入ります。
そこで、先生が器具を確認、手術台を設置(足を乗せる台を取り付けています。)、ズボンとパンツを脱いで、手術台にあがるように言われ、(もう通訳はありません。中国語だけです。)台に乗ります。
まな板の上の鯉でしょう。言われるままに台に足を乗せ、開きます。
先生がつかんで、消毒薬を塗りたくります。更に、麻酔薬を注入すると言います。
どうぞどうぞ、なすがまま・・・・

これから見ますと、器具を挿入して行きます。痛い。先生、痛いです。
途中まではよいのですが、なにぶん尿道は膀胱までまっすぐではなく、曲がっているので、そこを通過するときは痛い・・・・・

数分が経過し、先生の「完全に正常です、問題ありません。」の言葉を聴き、器具が取り出されました。そのときも若干痛かった。

膀胱鏡は直径7-8mmのステンレス製の筒で、内側に先端にレンズのついた棒を入れて内部を覗くようになっているものです。まっすぐなパイプですから曲がりくねった尿道を通すのは無理なのです。

先生は少し出血がありますが、心配ありません。と言うだけ。

パンツとズボンを穿いて、手術室を出て、待っている候さんと会い、候さんに先生が結果を伝えます。ここでも「正常です、問題ありません。」と聞き取れました。
待合室へ行き、候さんから薬(感染予防の抗生物質と排尿を改善する漢方薬)をもらい、診断結果のコピーを受け取って終わりです。

費用はWellBeから保険会社へ請求するので支払いは発生しません。

候さんと別れてから、病院のトイレに行くと出血します。排尿時に若干痛みが、そして、最初真っ赤な尿、そして、血の塊、後半は薄くなります。膀胱内で血は下に沈んでいるのでしょう。

待っていてくれた車に乗り、長安の街へ戻ります。ちょうど6時半、日本食料理店、行きつけの「のんべえ」で食事。ビールを一本(本当はいけないのかも・・・でも、祝杯です)飲んで、冷奴と枝豆。ちょっと質素ですが、いいでしょう。
ここでも食事の後、トイレに行くと最初は真っ赤。そして少し小さい血の塊、後半は普通の色。

タクシーで寮へ戻ります。寮でも就寝前のトイレでは若干赤く染まってます。

翌朝、排便時に先端から少し出血。排尿時には殆どわかりません。
その日は一日、排尿時の若干の痛みを感じましたが、出血はそれ以降殆どわかりません。

翌、12日は朝から全く問題ありません。出血は尿道内部(前立腺近くでしょう)を少し傷つけたことに寄る、一時的なものでした。

しかし、胃カメラ検査のようなものの細いものを勝手に想像していた私にとって、まっすぐなステンレスのパイプはショックでした。また、検査の痛いこと、もう二度と経験したくないものです。

以上、膀胱鏡検査の顛末でした。

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四川大地震 その後

四川省で発生した大地震から10日たちました。既に救助活動から、復興活動へ移りつつあります。

中国政府は一週間目の19日から3日間を追悼の日と定め、テレビはどこのテレビ局も全て同じプログラム(地震報道)を放送しています。

この広東省のケーブルテレビもいつもなら香港の放送を見ることが出来るのですが、この3日間は特別番組で中国政府に完全に情報管理されています。

既に4万人を超える死者が報告されているように被害は甚大で、被害報道や援助報道には大きな意義があると思います。報道を見た多くの中国国民は義捐金を送り、ボランティアで援助物資を集め、義捐金を募っています。

しかし、テレビのチャンネルを替えても同じ番組しか見ることが出来ません。そこに情報管理による思想統制を強く感じてしまうのは私一人でしょうか。
中国国内には先のチベット問題(聖火リレー妨害問題)に現れるように多種の民族の多様性があります。それが、今回の地震報道では中華民族は一致団結して困難に立ち向かい、克服すると言う美学ばかりが強調され、諸外国からの援助の報道はごく限られたもの(私は一度も見ていない)です。
3日間繰り返し、繰り返し報道されるこれらの統制された情報は中国国民をひとつにまとめるのに非常に効果があると思われます。

そうして、このように統制された中で北京オリンピックが開かれるのです。

普段は意識することのない一党独裁政治組織ですが、このようなときにはそれが非常に強く表に出てきて、とても強大な中華民族(実際は52少数民族を含む)を意識させられます。

被害にあわれた方にはお見舞いを申し上げたいと思いますが、政府の情報統制にはなんともやりきれない思いです。
多くの民族と多くの文化がお互いに協調し、助け合って中国を築き上げるはずなのに、ただひとつの中華民族という言葉で結束させ異文化(52の民族文化)を排除するような意図が見えるからです。
ただ救いなのは、政府の意識とは関係なく、民族を超えて援助を申し出、援助を受け取る寛大な庶民の行動がそこにはあることです。

被災地の皆さんの一日も早い復興をお祈りします。

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四川大地震とボランティア

12日に発生した四川省の大地震は30000人以上の死者となる大惨事になりました。テレビでも被災地の困窮を連日伝えており、各地でボランティア活動が始まっています。

私の参加する自転車愛好会でも土曜日にボランティアに参加したので、私も行ってきました。

内容は被災地の困窮状態を伝えるビラ配りです。皆で手分けして市内のあちこちへ移動しながら、義捐金を募ります。

ビラ配り位なら言葉の問題があっても参加できます。

メンバーは全員クラブの隊服で自転車に乗り、ヘルメットまでかぶっていますので、人目を引き、ビラ配りには好かったと思います。

午後から一泊でサイクリングの予定でしたので、実質1時間半くらいですが、手伝いました。他のメンバーは午後も別の地方を回り、また、翌日の日曜日も一日参加しました。

中国全土でこのようなボランティア活動が行われているそうです。

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四川地震

12日午後、四川省で大地震がありました。私の住む広東省でもゆれを感じたと言われますが、私には全く判りませんでした。夕食時の香港の番組のテレビニュースで知りましたが、詳しいことは判りません。その後、インターネットなどでだんだんと判って来ました。

日本からの救援部隊が直ぐに送られるのかと思いましたが、国家間のことなので、簡単に行かないのですね。今日15日午後にやっと日本からの救援部隊の受け入れが許可されたとか。今後、世界各国の救援申し入れを受け入れるそうです。

胡錦濤国家主席の来日直後だけに日本を最初の受入国として選んでもらえたのでしょうか。
しかし、発生から72時間を経過しようとしている時では遅すぎるとも思えます。
救援部隊の皆さんには大変でしょうが、日本人としてがんばっていただきたいとエールを贈りたいと思います。

先の阪神淡路大震災の時にも米軍の救援申し入れを日本政府がなかなか受け入れられなかったようですから、国家としては難しいのでしょう。一般の市民感情とは相容れないものがあります。

被災地から犠牲になられた方の状況(生徒をかばってなくなられた先生など)が伝わってくるたびに、無念な気持ちがこみ上げるのでした。

また、中国各地では義捐金の活動が始められており、私の居る会社でも募金活動が始まっています。多くの日本企業も援助を決定していますが、私の居る地域は日本人がたくさん居住しているにもかかわらず、報道されていないため、多くの市民が知らないのが残念でなりません。
一方で、中国国内企業がテレビの募金報道番組などで金額の書かれた大きな紙を手渡す画面を見ると、一種の宣伝活動に利用している面も感じられ、したたかさを感じてしまいます。

既に、災害から3日が過ぎていますが、未だに行方不明者の数も特定できていないようです。一説には6万人と連絡が取れないと言われています。なくなられた方も日々増えており、当初発表の1万人弱から1万2千人を超えています。既に阪神淡路大震災の約6,500人の倍に達しているわけで、どれほど甚大な被害だったかが想像されます。

なくなられた方のご冥福をお祈りすると共に、行方不明の方の無事をお祈りし、また、残された被災者の方々の一日も早い復興をお祈りするばかりです。

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再び中国

昨日、5月6日に日本を立ち、再び中国入りしました。

日本では連休があったのですが、あまり天候に恵まれず、自転車には少ししか乗れませんでした。本屋へ出かけ、雑誌を買い込んできましたので、悠遊食館に寄贈するつもりです。自転車の雑誌があるのですが、日本語のものは無いので・・・。もっとも読む人がいなくては・・・

フライトは天候に恵まれ、富士山がよく見えたのがラッキーでした。富士山が見えると得をしたように思うのは日本人だからでしょうか。

しかし、気流は悪かったようで、到着は若干遅れて、中国、虎門行きのフェリーにぎりぎりセーフでした。

しかし、東莞市長安は暑い。

日本での買い物。カシオ・プロトレックを買いました。気圧、高度、気温、方位を計測でき、電波で狂い知らず(長安では無意味ですが)、太陽電池装備で電池交換不要の優れものです。せっかくの防水性能も電池交換が必要な場合、中国では性能を維持するのが困難と予想されるからです。

携帯も買い換えました。私はauのWIN契約なので、今までは中国で使うにはSIMカードをこちらで買った携帯に付け替えなくてはなりませんでした。3月にGSM対応のモデルがソニーエリクソンから発売となったので、買い換えた次第です。
今までの日立の携帯と使勝手が異なり、ちょっと戸惑いますが、何より、中国でもそのまま使えるのが便利です。GPS機能が使えなくなるのが残念。緯度と経度のみでもよいので表示と記録が出来なかったのでしょうか。更に記録した緯度と経度の情報をPCで取り込んで、Googl Mapに表示できたら最高です。
やはり、GPS専用機が必要かもしれません。
もう一点、ブルーツースも付いていない。いまどき、ブルーツース無しの高機能携帯があるのでしょうか。
PCとの連携を考えると、いちいちUSBケーブルを突っ込むなんて、カッコ悪い。
ソニーエリクソンなら当然対応して欲しかった。

今までは日本の携帯にかかってきたら、中国の携帯に転送するよう設定していたが、これからは、こちらでそのまま受信できるのがありがたい。

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一時帰国

4月22日 一時帰国します。仕事と休暇(五月連休)を兼ねて22日から5月6日まで日本に帰ります。

カレンダーどおりの休みですが、中国の会社も国定の休日(5月1日だけ)ですので、日本のほうが多く休めます。

日本でも自転車に乗って出かけたいところですが、花粉症なので・・・
どうなることやら。

10時になります。もうじきJL736の搭乗開始時刻です。そろそろ行きましょう。

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入院生活

先の記事で書きましたが、中国で入院生活を送る羽目になってしまいました。

長安では一番大きいという長安医院に5日間、華南地方ではもっとも設備・スタッフが優れていると言う中山大学付属東華医院に19日間、合計24日の入院でした。

初めは怪我をしてとにかく受診しなければという思いで近くにある一番大きな病院ということで長安医院を選びました。このときにシンセンや東莞の病院も考えたのですが、どちらも車で一時間以上かかるので、手近なところを選んだのです。

サイクリング仲間に援助してもらい、救急の申し込みで泌尿器科へ、医者は事故の発生状況を聞き、患部からの出血状況を見て即座に尿道挫傷と診断、入院が必要と言われました。直ぐに必要なのは預け金3000元です。しかし、手持ちはなく、急遽サイクリング仲間に借りることに。電話で借用を依頼して持ってきてもらい、現金が用意できて初めて入院手続きです。それが終わって漸く処置。尿管を挿入するのですが、若い看護婦さんで恥ずかしかった。まず、出血で汚れている患部を消毒を兼ねて拭き清めます。ピンセットで消毒液を浸した脱脂綿をつかみ、患部を拭いてゆきます。きれいになったところで、尿管の挿入です。シリコンゴム製でしょうか、先端から差し込んで行きます。少し入ったところで急に痛みが強くなった。多分傷の部分でしょう。それから先は先端が膀胱に届くまで差し込んで行くのですが、傷口がこすれるからか痛い。膀胱に届いたと思われるところで腹部を押し、尿が袋に届くのを確認します。同時に先端から漏れていないことも。この状態で少し待たされてから、ズボンを穿き病室へ案内されます。今から考えると車(ストレッチャー)に乗せられたほうが好かったのでしょうが、歩いてゆきました。

病室に着いてベッドの上にある入院服に着替えます。ズボンを脱ぐと、足には血がこびり付いています。濡れタオルでふき取り、着替えをして横になりました。
考えるのは「何時退院できるだろうか。」と言うことでした。

その日から直ぐに点滴です。感染予防の抗生物質でしょう。それから、水をたくさん飲むように言われました。膀胱炎の予防らしいです。
その晩はサイクリング仲間の届けてくれた食事を取りました。病院食はまずいのでこれから届けてくれるそうです。ありがたい。

翌、10日から、寝たきりの生活です。ほぼ絶対安静とのことです。
しかし、痛みも無いし、出血もにじんでくる程度なので軽く考え、排便をトイレでしました。
ところが、いきむことが傷口に影響するのでしょう、出血してしまった。
それで、11日からはベッド上です。病院の介護人に世話になりました。
毎朝、尿の袋の交換と患部の消毒に看護婦さんが来ます。尿管が差し込まれているので、その周辺とシリコン製の尿管を消毒液で拭き清めて行きます。また、尿管に消毒液を点滴で入れ、膀胱内の消毒も行います。その後、尿の袋を交換。
10日から入院時のルーチン検査をします。血液検査、心電図、胸部エックス線、腕のエックス線、腹部超音波検査。腕は打撲で痛みがあるので念のために依頼しました。
血液検査(採血)はベッドの上でしたが、心電図と胸部エックス線は、看護人と共に病室から検査室まで歩いて行きます。検査が終わり、戻ってきたら、出血が見られました。
腕のエックス線と腹部超音波検査はストレッチャーを依頼して載せてもらいました。ストレッチャーに載せられて病院内を移動すると、見えるのは天井だけ、また、移動中にホールを横切ると、待っている多くの患者さんや付き添いの人たちの好奇に満ちた視線を感じます。
午前中、会社からNg経理、張さん、鳥羽さんなど来てくれます。入院費用の追加預け金や、先生との話などしてもらいました。
点滴、午前、午後、夜。

長安病院は長安では一番大きな病院ですが、病室の清潔感やシーツ・ベッドの清潔感などは望むべくもありません。会社の人の勧めで、保険エージェントを使い、香港の病院へ転院出来ないか当たってもらうことにしました。
しかし、医者の話では出血が続いている間は動かすと傷が広がりよくないと言われ、安定するまで待つことに。

11日 少なくなっていますが、相変わらず出血します。点滴を午前2本、午後1本。
日中の付き添いに事務所から、女子事務員に来てもらいました。寝たきり(特に点滴中は)なので、尿の袋の管理(一杯になったら中身を計量して捨てる)や水などの飲み物を取ってもらうなど、雑用係です。申し訳ないが、世話になりました。
昼食は悠遊食館から届けてもらいました。果物を差し入れてくれます。ありがたい。
午後には高潔(事務所の女性技術者)が果物を持ってきてくれた。
パスポートの滞在期間制限が13日と迫っているので、延長申請を会社からしてもらうことにしました。必要な診断書を書いてもらいました。
夜になって、排便はベッドの上で、看護人を呼んで手伝ってもらいます。

12日 出血は更に少なくなりました。点滴、午前2本、午後1本。
昼食・夕食は遊子が会社から持ってきてくれます。食べきれないほどですが、回復のためにはたくさん食べたほうがよいらしい。
午後、取引先の徳重氏、Micheal氏、李氏が差し入れ。
JALカード付帯の旅行保険のエージェントと打ち合わせたが、対応がいまひとつなので、取引先から紹介されたWellBeさんに依頼することに決定。会員になることで、転院から保険請求、病院の支払い立替までやってもらえる。
症状が安定したら、移動することで依頼した。
排便はベッドの上で。

13日 点滴 午前2本、午後1本。今日も遊子が食事を持ってきてくれます。
出血も殆ど無くなり、いよいよ転院を望む気持ちが強くなります。トイレで排便しましたが、初日のような出血はありません。

WellBeさんで探してもらいましたが、香港の病院はインフルエンザの流行でベッドが空いておらず、東莞の東華医院に決まりました。華南地区ではもっとも優れた病院との説明に期待します。

14日 点滴午前2本
東華病院の救急車が迎えに来ます。保険エージェントの担当者が長安医院の退院手続きを取ってくれます。支払いは、預け金から清算。2300元あまり。
救急車は生まれて初めてでした。高速道路でおよそ1時間程度、会社の人にも付き添ってもらいました。

東華医院の救急外来で入院手続きです。今度は個室に入ることが出来ました。病室は広く清潔でとても快適です。昼食は会社の人が外部から買ってきてくれました。
夕食は病院の食堂から注文を聞きに来ます。夕食と翌日の朝食を注文しました。現金で支払いです。21元。
この日は点滴も検査も無く、きれいなベッドに寝ることが出来ました。24時間介護をしてくれる人が専門につきます。(有料です)
依頼しましたが、夜にはいびきがうるさくてかえって眠れず、翌日からお引取り願うことにしました。

15日 入院時検査として採血など長安病院と同じように行われます。採血はベッドの上で行い、其の他の検査は出血が完全に無くなってからと言われました。午前中、点滴を2本。午後、3本。

16日 点滴、5本。出血がまだあるので、止血の注射を腰に。
この日はシーツ交換をしてもらいました。病院服は毎日交換してくれます。シャワーを使って服を着替えるとそれだけでも回復が早くなるように思います。

17日 点滴、5本。東華医院では食事の注文を病室に聞きに来て、届けてくれます。毎回注文時に現金払いですが、味もよいので満足です。後では飽きてしまいましたが・・・
夜、排便・シャワーを使った後、尿に血液が混じり、紅くなりました。

18日 点滴、5本。毎日検温があります。朝には尿の血液も無くなり、正常に戻りました。

19日 点滴、3本。今日から三本に減った。点滴をしている間はベッドに寝たきりで、5本もあると時間がかかり、退屈してしまいます。シーツ交換。
夜、会社から電話を使ったLANカードを持ってきてもらい、ネットへの接続が出来るようになる。以前はブルーツースを使って携帯電話で接続できたのだが、入院中に電話をリセットしなければならなくなり接続できなくなってしまった。これからはメールのチェックが出来る。

20日 点滴3本

21日 点滴3本

22日 点滴3本

23日 点滴3本

24日 点滴3本

25日 点滴3本

26日 点滴3本

27日 点滴1本、今日から点滴は一本だけに。

28日 点滴1本

29日 朝、回診で先生が尿管を抜く。差し込まれるときは非常に痛かったが、抜くときも痛みがある。点滴1本。
尿管が無くなり、ぶら下げていた袋が取れ、漸く外出できるようになった。
自転車仲間が来てくれた。昼は病院服を脱ぎ、私服に着替えて外出し、ピザハットでピザを食べる。病院のレストランの食事に飽きていたので、何とうまいことか!

30日 点滴1本。自転車仲間が来てくれたので一緒に東莞の町を散策。MERIDAの販売店に行き、自転車を見る。

31日 点滴1本

4月1日 点滴1本

4月2日 退院。朝、回診で退院を許可される。保険エージェントの人が手続きをしてくれる。この病院の支払いはWellBeさんが立て替えてくれるので現金は必要なし。1万元あまり。19日間なので、一日500元強。
先生に退院後の注意を聞く。
1.運動は激しくなければOK
2.食事は何でもOK
3.2ヵ月後に検査、膀胱内視鏡で傷の治り具合の確認。問題なければOK
4.薬を出す。2週間分。漢方薬と西洋薬、炎症防止と感染防止。毎食後、一日3回の服用。
5.お酒は2ヶ月間禁止。
6.セックスは1ヵ月半禁止。

後の二項目が辛い。

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元宵節

21日(木)は旧暦の1月15日、旧暦の最初の満月の日で元宵節でした。会社も残業が無く、私も長安広場へ出かけてみました。

P1050414_2 長安の目抜き通り(長青路)にも、電飾が飾られています。

大勢の人が繰り出して、幅広い緑地帯も人であふれています。

広場に着くと、ここも人が大勢いて、ぶつかりそうです。すり・引ったくりも多いと聞いていましたので、注意。

大きな屋外テレビで野外ステージでのショーの模様を放送しています。長安テレビでは中継も行っているでしょう。

綿菓子売り、風船売り、焼き芋・玉蜀黍売りを見つけました。

歩くのにも苦労するくらい人出でごった返しています。日本の初詣の混雑を思い出しました。

うろうろと歩き回って帰りました。打ち上げ花火も有ったようですが、離れたところのようなので、見ずに帰ってきました。

写真:http://yamayama-54.cocolog-nifty.com/photos/20080221/

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雪景色

今日は日本へ戻って最初の日曜日、古い自転車を引っ張り出して乗ってみようと思っていましたが、天気はあいにくの雪。

P1050181

コタツに入ってのんびり。

長安でも雨続きでしたが、こちらでも天気には恵まれません。

一日雪が降り続きました。P1050180

道路もすっかり雪に覆われて車の通行も危険です。

こんな日は外出しないで家でくつろぐのが一番。

さて、翌日は快晴で青空が広がりました。

屋根の雪も融けて落ちそうです。P1050194

通勤途中の車窓から見える田園風景は白く覆われていました。

駅前のロータリーの花も雪に覆われて寒そうです。

この雪も今日一日で融けて、明日には日陰に残るだけになってしまうでしょう。

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誕生日

今日は1月8日ですが、旧暦では12月1日です。新月ですね。

私が暮らしている中国広東省東莞市長安では多くの人が自分の誕生日を農暦(中国では旧暦をこう呼びます)で覚えています。彼らの身分証の番号には生年月日が組み込まれていますが、それも農暦で表記されています。これは、彼らの両親が戸籍(身分証番号)を申請時に記載する生年月日に農暦を使ったためです。

最近では病院で出産するケースが増えてきているため、出生証明書が新暦で記載されて、申請に際しても新暦で生年月日を記載するケースが多いそうですが、少し前までは自宅出産が殆どで、出生証明書などが発行されず、両親の記憶で届けられるため、農暦で申請されることが殆どだったのでしょう。

さて、皆さんは新暦で生年月日を覚えていると思いますが、旧暦では何月何日に当たるのか判りますか?一月生まれの人などは前の年に成ることもありますよ。
以下のURLで新暦の年月日から旧暦の年月日を知ることが出来ます。試してみたらいかがでしょうか。

  http://koyomi.vis.ne.jp/directjp.cgi?http://koyomi.vis.ne.jp/kyuureki.htm

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